★このページの初出 2020年2月22日
★このページの最終更新日 2020年3月30日
7.作者が伝えたかった主題
3.作者の伝えたかった主題
(1)長松はなぜウメに優しくしたのか?
まず主人公長松は、どんな子供だったのかを再確認してみたいと思います。
「書かれていないからこそ伝わる関係」で解説させて頂いた通り、長松はとても優しい良い子として描かれています。
死を直前にしてもウメに「献身」するぐらいの温かい心の持ち主です。
では、この長松の優しさはどこから来たのでしょうか?
人格者である藤五郎や母ふじから教わったのでしょうか?
作者はここでも、長松が優しい原因を全く書いていません。
例えば
「藤五郎は、長松が将来村人から慕われる名主になれるよう、ウメにも皆にも優しくするように育てた。長松も父ちゃんの言いつけをよく聞き、優しい子になった」
とでも書けば、長松が優しいのが親の教育のおかげであると読者に伝えることができました。
しかし作者はそういった教育のことは一切書かず、長松は最初から妹の霜焼けのことで悩む優しい人として登場させています。
あたかも
「兄の妹への優しさは、教育されるのではなく、人として生まれながらに持っているものだ」
と伝えようとするかのように、長松はごく自然にウメに優しく接しているのです。
それを裏付ける描写もありまので、原文を引用してみます。
長松がウメが霜焼けを取るときに泣くのを、なんとか和らげたいと考え、ベロを出して笑わせるのを思いつく場面です。
ある時長松はうまいことを見つけた。湯の中のウメの手から巻いたキレをはがす時、ウメがビーと泣き出しそうになったら言うのだ。
「ウメ。見ろ。アンちゃんのツラ」
そして眉毛をカタッと「ハ」の字に下げて、ベロッとベロを出してやるんだ。 |
ここで管理人が注目するのは、
「うまいことを見つけた」
という表現です。
「見付ける」というのは
「@見いだす。発見する。A見なれる」(広辞苑第六版)という意味です。
「見いだす。発見する」というのは、
「元々そこにあり、それを見いだすとか発見する」
ということであり、何もないところから作り出すという表現ではありません。
「ベロ出しチョンマ」のこの場面でいうと、長松はウメの痛みを和らげようと、自分で一生懸命考えてベロを出すという方法を発見したのです。
では何故長松はベロ出しを発見できたのでしょうか?
そもそも何故、長松はウメの痛みを和らげようと思ったのでしょうか?
それは長松に、ウメの苦しみを救いたいという優しい気持ちが元々あったからだと、管理人は考えています。
元々生来の優しさがあったからこそ、苦痛を和らげる方法を発見できたのだと思うのです。
作者は長松の優しさの原因を書きませんでした。
しかし長松を最初から優しい子として登場させ、さらにここで
「見つけた」
という表現を使うことで、
「長松は教育されたのではなく、生来優しい気持を持っていた。その優しさでウメの苦しみを和らげる方法を発見した」
ということを読者に伝えているのだと、管理人は考えています。
繰り返しになりますが、作者が伝えたかったのは、
「長松は教育されなくても、優しさを生まれながらに持っていた」ということだったのです。
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(2)藤五郎の優しさ
『ベロ出しチョンマ』という作品が成立する背景の1つは、「長松の父親はどういう人物か?」で解説させて頂いた通り、藤五郎が人格者だったということです。
藤五郎が人格者で村思いだったからこそ、藤五郎は出府し、長松は自分の死を受け入れることができたのでした。
つまり、藤五郎も長松と同じように献身する程の、優しい気持を持っているのです。
ではこの藤五郎の優しさは一体どこから来たのでしょうか?
これについても作者は一切記載していません。
藤五郎は最初から村思いの人格者として登場し、処刑の場面では
『とってもやさしい目』
で長松を見るのです。
ここでも作者は優しさの原因を特定していないので、あたかも藤五郎は
「生来、村思い、子供思いの優しさを持っていた」
と読者がとれるようになっているのです。
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(3)村人の心を打ったもの
ここで少し話を変えます。
村人は藤五郎一家の処刑を目の当たりにした後、社を作ったり人形を作ったりして一家のことを語り継いで行ったわけですが、では一体何がそうさせたのでしょうか?
何に心を打たれて、一家を語り継いで行くことにしたのでしょうか?
その原因についても作者は書いていませんので、管理人が想像してみます。
結論から言うと、村人が心打たれたのは、長松と藤五郎の優しさにではないかと考えています。
よく考えてみると、長松のベロ出しには実利的な意味はあまりありません。
確かにベロを出すことでウメの痛みは緩和されたでしょうが、ウメが助かる訳ではありません。
しかも自分も処刑されるわけですから、ベロを出しても出さなくても処刑という大勢には全く影響がないのです。
むしろ子供らしく泣く方が見る人の哀れを誘いそうです。
しかし、ウメの痛みを緩和するというごく僅かな意味しかなくても、それでも敢えてベロを出す長松の心根の優しさに、村人は心打たれたのだと管理人は考えています。
言葉を変えて言うと、限りなく無駄にも関わらず、自分のことを顧みずウメを楽にしてやりたいという長松の優しさに、村人は胸を打たれたのだと思うのです。
人は誰かに優しくするとき、往々にして見返りを求めます。
しかしこの長松のベロ出しには、自分も死ぬのですから、全く見返りがありません。
それでも敢えてウメのために舌を出したその優しさに、村人は大きな感動を覚えたのです。
さらに、一緒に処刑された藤五郎の優しさも、村人に大きな感動を与えたのだと思われます。
「花和村の村人と藤五郎との関係」の通り、藤五郎を出府には、村人にも大きな責任があります。
村人達は相談の結果直訴に行かせましたが藤五郎は捕まり、一家処刑という最悪の結果になりました。
しかし藤五郎は、村人達を全く責めませんでした。
ただ長松を優しく見て笑ったのでした。
そんな藤五郎の長松と村民に対する優しさが、村人の胸に深く深く染みたのです。
もし藤五郎が悔しそうな目で村人を見たり、恨み言を言ったとしたら、村人達の胸には嫌な気持が残ったと想像できます。
しかし藤五郎は、恨み言一つ言わずただただ長松を優しく見たのです。
最後まで藤五郎は長松にも、村人にも優しかったのです。
その優しさはどんな言葉より強く、村人の心に、大きな感動を残したのです。
そして処刑という絶望的な場面でさえ失われなかった二人の優しさを目の当たりにして、ようやく村人達は自分達が藤五郎を出府させた責任を痛感したのです。
そして、今度は自分達の優しさを発揮し、社を建てベロ出しチョンマの人形を作り、藤五郎一家のことを後世に伝えて行ったのです
作者は、村人達が藤五郎一家を悼み続けることを書くことで、村人にも優しさがあることを読者に伝えているのです。
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(4)優しさはどこから?
作者は長松の優しさの原因も藤五郎の優しさの原因も明記しませんでした。
また処刑後、村人達が発揮した優しさの原因も書きませんでした。
なぜ書かなかったのでしょうか?
管理人は、書かなかった理由は、書かない方が良いと思ったからだと思います。
もし優しくする原因を書いてしまうと、読者は
「原因があるから人は優しくするのだ」
と判断してしまいます。
しかし作者は、人の優しさは原因があって作られるものでは無く、
「優しくするのに原因はなく、人は生来優しさを持っている」
と考えたのです。
生まれながらにして優しさを持つ存在なのだから、敢えて優しくする原因を書かなかったのです。
もちろん例えば
「人は優しさを生まれながらに持っている」
と明記することもできました。
しかし読者も生まれながらに優しさを持っているはずなので、敢えて明記しなくても、人が優しさを生来持っていることは理解できると判断したのだと管理人は考えています。
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【この章の要約】
長松も藤五郎も生まれながらに優しさを持っている。
処刑時の二人の優しさに感動した村人達は、自らも優しさを発揮して、藤五郎一家を悼み続けた。
人が優しくするのには原因は無い。生来優しさを持っている。
そう明記しなくても読者には伝わるので、作者は優しさの原因は明記しなかった。
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