★このページの初出 2020年2月22日
★このページの最終更新日 2020年3月26日
2.父親藤五郎はなぜ「出府」したのか?
長松の父親の人物像、村の状況、村人の状況・気持を鑑みると、長松の父親藤五郎が、捕まれば一家が磔になるとわかっていて直訴を選んだ理由が見えて来ます。
以下で、管理人の考える直訴を選んだ理由を書いてみたいと思います。
なお以下で書いて行く反抗行動に対する「刑罰」については、あくまで村人が
「この行動を起こせば、この罰」
と想像していたものであって、実際にその通りだったとは限りません。
というのも、『図解江戸時代』(知的生き方文庫)によると当時は
「この罪=この罰」
という刑罰を定めた『公事方御定書』は一般庶民には公開されていませんでした。
つまり当時の民衆は、罪を犯したらどうなるかは裁定が降りるまで分からなかったということになります。
ただ前例があったはずなので、
「出府した奴は磔になった」
などと伝聞し、それが噂として広がっていたのではないかと思われます。
従って花和村の村人達もあくまで
「こういう罪になりそうだ」
という想像で話していたのだと思われます。
以下で書いて行く罪と罰の関係も、あくまで村人の想像をベースに書いて行きますので、『公事方御定書』通りではないことをお断りしておきます。
直訴を選んだ理由1
「最も成功する可能性が高そうに思えたから」
原文には村人が選ぼうとしている藩に対する抵抗方法が4つ書いてありますので、それぞれどんな方法で、どういったメリットがあるのかを見て行きたいと思います。
(1)ちょうさん(逃散)
(2)うちこわし(打ち壊し)
(3)ごうそ(強訴)
(4)じきそ(直訴)
(1)ちょうさん(逃散)
原文では
『田んぼも家もほうり出して、よその国に逃げていくこと』
です。
現在でいうと夜逃げでしょうか。
メリットは、見つからなければネングを取られないで済むということでしょうか。うまく人気のない場所に逃げられたら、狩猟でもして暮らして行くことができるかもしれません。
デメリットとしては、まずどこに逃げればいいのか分からないということが挙げられます。
現在と違って地図もGPSもないので、どこをどう行けばどこにつながるかも分かりません。自分の藩ならまだしも、他の藩となるとさっぱりです。
次に逃げた先で暮らして行けなかった場合です。逃げて来た人を受け入れたら罪に問われるでしょうから、人のいる所には逃げられません。
かといって農業しかしたことのない人が、山奥などに逃げて食べていけるのでしょうか? また住む家はどうするのでしょうか?
逃げられた家や、村にとっても痛いことになります。
もし小作人が逃げた場合は、雇っていた本百姓は、監督不行き届きで罪に問われるでしょう。また村全体を管理している名主も責任を問われるでしょう。
本百姓が逃げた場合も名主が罪に問われるでしょう。
さらに逃げた人はいいですが、残された人は逃げた人の分もネングを納めないといけないので、ますます辛いことになります。
働き手が減る訳ですから、村全体にとって厳しい結果が待っています。
逃げるだけなので、身一つでなんとかなる方法ですが、一度逃げたらもう元の家や田畑には戻れないので、花和村のように通常なんとか食べられる村の場合、逃散はデメリットの方が多い勇気が必要な方法です。
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(2)打ちこわし(打ち壊し)
原文では
『町の米屋へおしかけて米蔵をぶち壊して食う米を取ってくること』です。
現在でいうと、集団強奪でしょうか。
メリットは、その日食べる米が手に入ること。
もう1つはパフォーマンスとして窮状が訴えられ、他の打ち壊しを誘発できるかもしれないということでしょうか。
デメリットは沢山あります。
まず成功率が低いです。例え米を取ったとしてもすぐに追っ手が来るでしょうから、食べる暇もなさそうです。
また強奪なので、実行犯はもちろん、その主家や名主にもきつい罰が待っていそうです。
さらにその時は米が手に入っても、それだけです。
食えないという状況自体はなんの改善もされていないので、また打ち壊しをするなどしか未来が見えません。
打ち壊しにおののいて領主がネングを減免するなどすれば効果がありますが、そうは行かないでしょう。
打ち壊しは今日食べる米がないために捨て身で行う方法であって、これまでなんとか食いつないで来た花和村の村民が選ぶにはデメリットが多すぎるのです。
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(3)ごうそ(強訴)
原文では『殿様の所へおしかけること』です。現在でいうと武力デモ?
メリットはパフォーマンスで窮状が訴えられるぐらいでしょうか。
成功率は相当低い上に、藩主である殿様への直接の反逆ですので、罰はかなりきつそうという、デメリットばかり大きい方法です。
しかもすぐに鎮圧されそうです。
行えば実行者はもとより、名主を始めとした村役人は全て処罰されそうです。
そもそも今回の場合、殿様がネングを上げると言って来ているのですから、その本人に向かって押しかけて行っても、やめるなどと言うはずありません。
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(4)じきそ(直訴)
原文では
『将軍様へ殿様のやり方を言いつけに行く』
ことです。
現在でいうと・・・なんでしょう? 身分制度が全然違いますので、適当な行為が思い当たりません。
会社でいうと、創業家筋の大株主の社長に、自分の担当支社長のやり方をリークに行くという感じでしょうか?(笑)
上記3つの方法に比べて良く思えるのは、殿様より上からの命令でネングを納める量自体を強制的に減らせる可能性があることです。
現在の情報社会と違って、当時の農民にとって「将軍」は、一生見ることもないぼんやりした現実感のない神様みたいな存在だったのではないかと思われますから、訴えればなんとなくうまく行きそうな可能性があると思えたのかもしれません。
村人達は散々話し合った結果、上記4つの抵抗方法のうち「直訴」が一番成功する可能性が高そうだという結論に達し、抵抗方法を直訴に絞ったのだと考えられます。
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直訴を選んだ理由2
「最も村人の損害が少なくて済みそうだから」
4つの抵抗方法のうち、村人の損害が少ないのはどれでしょうか?
当然損害についても話し合ったと思われますので、予想される損害を見てみます。
(1)ちょうさん(逃散)
(2)うちこわし(打ち壊し)
(3)ごうそ(強訴)
(4)じきそ(直訴)
(1)ちょうさん(逃散)
逃げた本人はいいですが、残された家族や主家は逃げた人の分も働かないといけないので、きついです。逃げる人が多くなればなる程、残された人はしんどくなります。
また主家や名主は監督責任を問われそうです。
逃げた人達も逃げた先でうまく暮らしていけるかどうか分かりません。
逃げる時に家や田畑を捨てるので、非常に勇気も必要です。
逃げる人が増えれば増えるほど、働き手が減るという、村にとっては大きな損害が出る方法です。
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(2)打ちこわし(打ち壊し)
打ち壊しを行った本人達は当然罪に問われそうです。
また残された人達は、罪に問われた人の分も働かなくてはなりません。
名主も監督責任を問われそうです。
集団で行うので、実行者と家族が捕まると、損害が非常に大きくなります。
しかも納めないといけないネングの量は変わらないので、残された人達はどんどん疲弊して行きそうです。
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(3)ごうそ(強訴)
領主に対する直接の反逆ですから、強訴した本人達にはきつい処罰が待っていそうです。
しかも残された人達は、処罰された人の分も働かないといけません。
本来藩側につかないといけない名主も、相当な責任を問われそうです。
集団で行うので、実行者と家族を含めると、損害が相当大きくなります。
その上、実行すると領主から村は厳重に監視されそうですし、納めるネングの量は変わりませんし、残された人達は塗炭の苦しみを味わいそうです。
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(4)じきそ(直訴)
捕まれば直訴に行った一家は全員磔! 絶望的に処罰がきつい方法です。
もちろん直訴することを知っていた者や、名主も重い刑罰が待っていそうです。
直訴した一家は断絶ですから、その分他の村人達が働かないといけなくなります。
直訴するには藩を出府しなければなりませんが、多人数で行くと藩側にばれるので、極めて少人数で行わなければなりません。可能であれば一人で行うのがベストです。
ということは、捕まれば一家磔ですが、うまく行けばその人の家族だけの損害で済みそうな予感がします。
しかも他の村人達がその人が直訴することを知らなければ、本人達以外は罰せられないで済みそうな気もします。
つまり4つの方法のうち、直訴が一番村人の損害も少なくて済みそうなのです。
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直訴を選んだ理由3
「物語の展開上の必然」
もし打ち壊しや強訴などの方法を村人達が選択して、長松一家以外にも処刑される家族がいたら、物語の印象は随分違ってしまいます。
長松のベロ出しの印象も散漫になってしまいますし、長松一家にだけ強くスポットを当てるのが難しくなります。
また何組も磔になる図を想像すると、陰惨な刑場の印象が強くなり、子供も読む物語としては禍々しくなりすぎます。
そういった物語の進行上の理由からも、出府するのは藤五郎だけ。処刑されるのも長松一家だけというのが望ましかったと考えられます。
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直訴を選んだ理由4
「藤五郎の人徳が読者に伝わり、長松一家の哀れさが際立つから」
もし打ちこわしや強訴などの方法を村人達が行った場合、名主の藤五郎は
「村人たちを抑えられなかった名主」
というイメージもつきまとってしまい、読者の共感を得にくくなってしまいます。
しかし名主という立場を捨て、しかも一家磔になると分かっていて直訴したとなると、藤五郎は
「責任感のある人徳者」
だというイメージを読者が持つことができます。
また直訴であれば、藤五郎が子供達に何も知らせず出府したという設定が他の反逆方法より一層効果的で、長松達が磔に処される哀れさを際立たせることができるのです。
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直訴を選んだ理由5
「着想した事件がそうだった
作者の斎藤隆介は実際にあった事件を元にしてこの作品を着想したようです。
その事実に基づいて、長松の父親を出府させたのかもしれません。
以上4つを大きな理由にして、長松の父親が一人で出府することになったのではないかと管理人は考えています。
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【この章の要約】
藤五郎が出府した理由は、最も成功する可能性が高く、村の被害が一番少なそうだから。
物語展開上でも藤五郎が一人で出府するのが望ましかった。また現実の事件がそうだったからだとも考えられる。
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