★このページの初出 2020年2月22日
★このページの最終更新日 2020年3月26日
2.父親藤五郎はなぜ「出府」したのか?
藩への反抗方法を直訴に絞ったのち、村民達が考えたのは、一体誰が直訴に行くかだと思われます。
直訴は大罪なので、捕まれば一家全員磔です。
もちろん村人は皆、行きたくないというのが本音です。
しかし長松の父親藤五郎は行くことを決断しました。
なぜ行くと決めたのでしょうか? 考えてみたいと思います。
1.藤五郎本人が行くと発議した
夜な夜な村人達の議論は沸騰したと想像できますが、恐らく長松の父親藤五郎が自ら
「オラが行く!」
と言ったと考えられます。
しかも例えばこう続けたのではないでしょうか。
「オラが相談もなく勝手に一人で直訴に出府したとなれば、たとえ捕まってもみんなには迷惑はかからねえ。オラの一家が磔になれば済む話だ。それにオラは名主だから、みんなの代表ということで、話を聞いてくれるかもしれねえ」
そう言われてみるとこの方法が、一番効果的かつ村人の損害が少なくなります。
しかも藤五郎自ら言うしか実行できない方法です。
村人達は仮に、「名主がいけば一番いい」と心の中では思っていても、言葉にしてしまうと失敗したときに
「お前が言った」
と責められますから、言いたくても言えないのです。
そんな村人達の気持を察して、人格者である藤五郎は自ら行くと言ったと想像できます。
もちろん最初は、幼い子供のいる籐五郎が出府することに、村人達は反対したと思われます。
しかし、例えば藤五郎本人が
「この方法が一番いいっペ!」
などと言って譲らなかったのではないでしょうか。
名主の藤五郎が譲らないと、村人は元々自分達は行きたくない訳ですし、効果が高い上に村の損害も最小限で済むのですから、結局納得せざるをえなくなったと思われます。
最も納得できなかったのは、幼い子供を二人持つ藤五郎の妻ふじだったと思われます。
しかし藤五郎の意志の固さと、村人達の様子から泣く泣く納得したのだろうと考えられます。
ふじもまた村人思いの人格者なのです。
藤五郎が勝手に出府するということで話がまとまった後は、村人達は集まらなくなり、頃合を見て、藤五郎は子供達に詳細を告げることもなく、まさに突然出ていったのです。
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2.責任を取るため
村人が藩への反抗行動を行わないと収まらない状態になったのは、名主である藤五郎の責任でもあります。
本来藤五郎は藩側に立って、村人が反抗行動を行わないような村営をしないといけない立場です。
しかし結果的に藤五郎は村人側についてしまい、何らかの反抗行動を起こさないと済まない状況になってしまいました。
その村営の失敗(?)の責任を、藤五郎は自分が負うことにしたのではないかと想像できます。
また村人が反抗行動を行ってしまえば、名主である藤五郎も責任を取らされますが、村人の誰かも処分されてしまいます。
村人の損害をできるだけ少なくするためにも、藤五郎は
「どのみち責任を自分は取らないといけない。それなら自分と家族だけが犠牲になれば、責任を取る人も一番少なくて済む」
と考えたと想像できるのです。
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3.村人のため
本来名主は、村人が抗議行動などを言い出したら、藩の意向に沿うよう村人を押さえつけないといけません。
当然藤五郎は、当初は例えば
「我慢して今年を乗り切れば、また前みたいになんとかなるっぺ!」
などと言って、藩への反抗行動をしないよう説得したと考えられます。
しかし村民の憤懣はどんどん高まって行き、なんにもしようとしない藤五郎への不満にもつながりかねない状況になって来たのではないでしょうか。
自分への信頼がなくなった場合、村人が勝手に反抗行動を起こす可能性が高くなります。
そうなれば反抗した本人や家族はただでは済みません。村全体の収穫量も減ることが考えられますし、藩の監視がきつくなることが予想されます。
村人思いの藤五郎にとって、村人が罪に問われて、村が衰退することは、自分が罪に問われるよりも辛いことだったのではないでしょうか。
藤五郎は人格者なので
「村人が辛い思いをするのなら、自分が」
と考えても不思議はないのです。
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4.家族のため
もし藤五郎が卑怯で保身欲の強い名主だったら、反抗行動を起こしそうな村人をすぐに領主にリークして、自分の身を守るでしょう。
また実際にそういう名主もいたと考えられます。
名主は藩側の人間でもあるので、不穏な村人を処理する役目も担っていたので、リークしても誰にも文句を言われません。
しかし藤五郎は村人から反抗行動の相談を受けるぐらい信頼を寄せられています。
従って、村人をリークするなんてことは全く考えなかったと思われます。
ただ、もし村人が勝手に反抗行動を起こした場合、自分の家族はどうなるかは真剣に考えたでしょう。
自分は名主ですから、村人が反抗行動を起こして処分されれば、監督責任を問われて恐らく名主を解任されます。
名主を解任されると、専業名主なら無職です。本百姓で名主だった場合は普通の百姓に戻るだけで済むかもしれませんし、田畑を取り上げられるかもしれません。
ただ、藤五郎一家の村での立ち位置は大きく変わってしまいます。
無職になれば小作人として村人に雇われないといけません。
田畑が残ったとしても、村八分にされるかもしれません。
追放されることだってありえます。
村人達は、名主として村を統括しながら、村人が処刑されても平気で居続ける藤五郎達を決して許さないでしょう。
村人達と今まで築いて来た信頼関係は崩壊し、藤五郎一家は村人から非難の目を浴び続けなければならないでしょう。
村八分の上に石を投げつけられたりして、村には居られなくなるかもしれません。
自分だけならまだしも、妻ふじも幼い長松とウメも村で非常に辛い過酷な境遇で生きて行くことを余儀なくされます。
そのように家族に迷惑をかけるのは、家族思いの藤五郎にとって耐え難いことだったと考えられます。
また先祖から受け継いで来た田畑を失うかもしれないのも、藤五郎にとっては辛いものがあったのかもしれません。
名主として村人の憤懣を抑えるのが仕事だが、その仕事ができなかった場合、もう自分達は名主ではいられない。
それどころか、普通に村にいることすら困難になる。それでも家族は生きていた方がいいのか? それとも家族を犠牲にするかもしれないが、自分が直訴することで村民の損害を最小限にした方がいいのか、藤五郎は本当に真剣に考えたと思います。
恐らく藤五郎は妻ふじとも何度となく話し合ったのだと考えられます。
ふじは、たとえどんなに辛い境遇になったとしても、子供達だけでも生きる方法がないかと考えを巡らせたと思われます。
しかし籐五郎自身が直訴に行くというのが村にとっては一番良い方法だということで村人達がまとまり、また他の方法でも結局自分達家族は非常に辛い環境に置かれることを鑑み、まさに断腸の思いでふじは納得したのでしょう。
万が一直訴に成功すれば一家磔にならなくても済む可能性もあるということで、自分を納得させたのかもしれません。
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5.花和村の永続のため
名主の本来の仕事は、藩の意向に沿って村人を指導し、ネングを藩の指示通り納め、村を安定させることです。
藤五郎は代々の名主の家か、本百姓から名主に選ばれたのかは分かりませんが、名主である以上藩側に立たないといけない立場なのです。
しかし、人格者で村思いの藤五郎は村人側に立ち、藩に対する反抗策を練る輪の中心にいることになってしまいました。
最初は村人達の怒りを抑えようとしたと考えられますが、村人達の憤懣は高まり、何か行動をしないと収まらない雰囲気になったと考えられます。
その時、藤五郎は例えばこう考えたのではないでしょうか。
「名主である自分は村の衆を抑えないといけないのに、皆の怒りは収まりそうに無い。下手をすると何もしない自分に見切りをつけ、勝手に行動を起こしたりするかもしれない。そうなると村に甚大な被害が出てしまう・・・」
そこで、自分が直訴に行くしかないと決断したのだと管理人は考えていますが、その裏には、例えばこんな思いもあったのかもしれません。
「村の衆の怒りはのっぴきならないところまで来てしまった。怒りを抑え切れなかったのは、自分の責任だ。
だからオラ達一家が磔になるのは仕方ない。
長松とウメには本当に申し訳ないが、分かってくれるはずだ。
ただ、オラ達一家の悲惨な姿を見れば、村のみんなはきっと目を覚まして、誰も犠牲にならない対策を考えてくれるはずだ。
皆にはそれができる!
オラが信じないで誰が信じるのか! 大丈夫、村の衆はきっと花和村を守ってくれる!」
藤五郎は、自分達一家が犠牲になることで、もうそんな犠牲を出さないで花和村を守る方法を村人が考えてくれると信じたのだと思います。
村を長く存続させるには、村人自身が自分達の力で村を守っていくのが理想です。藤五郎は村人達にそうなって欲しいと願ったのではないかと思うのです。
藤五郎は村をまとめ切れなかった責任を取ると同時に、村人達に、花和村が永続できる方法を自分達で考えるきっかけにしてもらいたかったのだと、管理人は考えているのです。
以上のように、藤五郎が家族が磔になると分かっていて出府を決断したのには、当然深い理由があったのだと管理人は考えています。
藤五郎は名主であると同時に、父親でもあり、また未来がある一人の人間なので、人間らしい様々な思いや葛藤があったのだと思うのです。
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【この章の要約】
直訴に村民の気持ちを察した藤五郎自らが発議した。
その裏には、反抗行動を起こせばどのみち自分は処分されるだろうという確信、村人に被害が及ばないため、家族のため、花和村の永続のため、という藤五郎の考えがあった。
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