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深読み 『ベロ出しチョンマ』!


★このページの初出 2020年2月22日
★このページの最終更新日 2020年3月26日

2.父親藤五郎はなぜ「出府」したのか?

1.長松の父親はどういう人物か?
<ポイント>
1.職業は名主、名は木本藤五郎
2.年齢は、30〜40代の働き盛り
3.性格は、村人からも家族からも信頼され慕われる人格者。
  人格者であることが、作品『ベロ出しチョンマ』を下支えしている。

4.名主と設定された理由
この章の要約


出府の理由を考える前に、まず長松の父親はどういう人物かを明らかにして行こうと思います。

原文では父親の詳細について
何も記述されていませんので、原文から想起してみたいと思います。


1.名前・職業

長松達を捕えに来る折に、役人が妻に
『「
名主(なぬし)、木本藤五郎(とうごろう)妻ふじ」』
と言っていますから、職業は名主、名前は木本藤五郎(以下藤五郎)ということになります。

名主とは
庄屋とも呼ばれ、村の代表です。

名主と百姓代と組頭は「村役人」と呼ばれ、村政を担っていました。


村政を担うということは、村民でありながらも藩の方針を村民に実行させるという、
藩側の人でもあるということになります。

名主は
専業または土地を持つ本百姓がなりますので、農村の中でも比較的恵まれた層だったと思われます。

実際原文の記述にも
(とう)ちゃんも(かあ)ちゃんもいそがしそう』
と書いてはありますが、
貧乏とは書いてありません

長松は妹ウメの霜焼けに油薬も塗っていますので、物を全く持っていない家でもありません。

ただウメが霜焼けになっているということは、使用人がいて子供はずっと暖かい場所に隔離されて育てられていたという
富農という訳ではなかったと思われます。

また、名主といえども
専業で村営に当たっているわけではなく、自らも食べるために農業をしている雰囲気が文面からは漂って来ます。

つまり食べて行くのには苦労していない程度の名主だったと考えられます。

テレビ時代劇などの農民のイメージもあって、なんとなく長松の家も貧乏なイメージがありますが、実際は
土地を持たない極貧の「水呑百姓」などではなく、名主という村を代表する家なのです。

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2.年齢

子供の長松が12歳、妹のウメが3歳です。また4人家族で既に両親共いないらしいということも勘案すると、
30代〜40代の働き盛りではないかと推察されます。

江戸に出府したのも、ある程度
体力も気力もある年代であるという裏づけになります。

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3.性格

作者は藤五郎の性格についても記述していません。

しかし夜な夜な村人(むらびと)が集まり、打ち壊しだの直訴だのとキナ臭い話をしているということは、
村民からは絶対的に信頼されていたと思われます。

もし藤五郎が藩側に立った為政を行う名主だったら、村人達は藤五郎には相談しなかったはずです。

村人側に立つ名主だと信頼されていたからこそ、村人達は藩への
反抗策を相談したのです。

また家に村人が来ていることから、妻ともどもオープンな村人思いの性格だっととも思われます。

村の代表に相応しい
人格者というイメージです。

慕われるということは、名主としての
仕事もしっかりこなしていたと推察されます。


また父親・夫としても、
家族から非常に信頼と尊敬を受けていたのではないかと思われます。

役人に捕まる時に妻のふじは
『「
覚悟(かくご)はしてますだ。ご存分(ぞんぶん)に」』
と言い切っていますから、夫婦間によほどの
信頼関係があったのだと思います


このように、長松の父親木本藤五郎は家族からも村人からも信頼され慕われ尊敬される、村の長にふさわしい
人格者ということになります。

そしてこの父親が人格者だというイメージが、
物語の底辺を支えています

もし藤五郎が、同じ
作品集『ベロ出しチョンマ』に入っている『毎日正月』の、昼から畑仕事を放り出してお酒を飲む甚助のようないい加減な父親だったら、村人も家族も出府を頼めないだろうと思われます。

藤五郎が人格者と設定されているからこそ、作品『ベロ出しチョンマ』のストーリーは
成立しているのです。

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4.名主と設定された理由

『ベロ出しチョンマ』を読むと、藤五郎一家を名主に設定するのではなく、田畑のない
極貧の水呑百姓にでも設定したほうが、読者の共感を得られるのではないかとも思えます。

人は豊かな者より、
貧乏で悲惨な者の方に共感しやすいからです。

しかし藤五郎は名主という設定になっています。

なぜでしょうか? 以下で管理人の考えをお伝えさせて頂こうと思います。

<藤五郎が名主と設定された理由>

1.処刑されるのが長松一家だけでなくなる可能性がある
2.村人へのインパクトが強くなる
3.文章が増え、物語の進行が遅くなるを避ける
4.名主の方が出府の整合性をとりやすい
5.花和村が安定していたことを暗示できる
6.富農の名主に設定しなかった理由


1.処刑されるのが長松一家だけでなくなる可能性がある

理由の1つ目は、名主以外の村人が直訴に及んだ場合、処刑されるのは
「出府した本人+家族+
村の責任者の名主等
となったり、
「本人+家族+
雇われていた主家
となったりして、
長松一家以外が処刑される可能性が出て来てしまうからだと考えられます。

作者としては、(はりつけ)に処せられるのは
長松一家だけにしたかったので、他に処刑される人がいる可能性を少なくする設定にしたかったのではないかと考えられます。

磔にされる人数が多いと
陰惨になる上に、長松一家への注目が下がり、せっかくの長松のベロ出しも語り継ぐのが難しくなってしまうからです。

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2.村人へのインパクトが強くなる

2つ目として、藤五郎を名主と設定した方が、処刑された時の村人へのインパクトを大きくできるということがあります。

例えば藤五郎一家が畑も持たない極貧の水呑百姓だった場合、確かに処刑されると憐れではあります。
ただ村にとっては働き手が減るぐらいで、
村運営には支障をきたしません

しかし名主が処刑されたとなると、
村運営に甚大な影響が出ます。また村全体への藩の目も非常に厳しくなります。

しかも藤五郎は村思いの素晴らしい名主です。村にとってはかけがえのない人物なのです。

そういった優れた名主だからこそ、処刑後に村人が社を建てて事件を語り継ぐという行為に、読者は
一層納得することができるのです。

さらに、田畑を持つ本百姓でないと
村の合議にも参加できないでしょうから、そもそも物語進行上最低でも藤五郎は本百姓でならないとダメなのです。

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3.文章が増え、物語の進行が遅くなるを避ける

3つ目として、藤五郎が名主でない普通の本百姓で出府した場合、ただの村人である藤五郎がなぜ選ばれたのか理由を書かなくてはいけなくなるということがあります。

藤五郎の死後、社を立て続けてもらう展開に持って行くのにも、読者が
納得できる理由づけが必要となります。

出府の理由を書いたりすると
文章が多くなる上に、物語の進行も滞ってしまうという大きなデメリットが生じてしまうのです。

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4.名主の方が出府の整合性をとりやすい

4つ目として、「直訴を選んだ理由」でも解説しますが、出府という方法を選ぶ時にも藤五郎が名主である方がスムーズなのです。

藤五郎を名主に設定していると、本人が
「出府しかないっぺ!」
と言い張ると村人は
反対しにくいですし、村の代表だけに出府の効果も高くなります。さらに処刑後社を建てられることの整合性も取りやすいのです。

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5.花和村が安定していたことを暗示できる

5つ目として、藤五郎を村思いで人格者の名主にしておくことで、花和村が安定していたことを暗示できるということがあります。

人格者の藤五郎が名主という設定であれば、花和村は強欲な名主に支配された荒廃した寒村というイメージにならないですし、村思いの名主である藤五郎が出府することにも読者は違和感を持ちません

わざわざ
文章で書かなくても、村思いで人格者の名主と藤五郎を設定するだけで、村運営がうまく行っていたことや、出府の理由を読者に納得させることができるのです。

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6.富農の名主に設定しなかった理由

6つ目として藤五郎を名主に設定したにも関わらず、使用人が何人もいる豪農の名主に設定にしなかった理由を挙げてみます。

まず、もし藤五郎が豊かな名主だった場合、村のためとはいえわざわざ直訴に行くだろうかという
疑念が読者に湧きます。

自分が豊かなのに、一家(はりつけ)となるのが分かっていて出府するのだろうか? という
素朴な疑問が湧いてしまうのです。

また、
富農だと読者の共感も得にくいのという理由もあると思います。

贅沢な暮らしをしている名主というのは、村人から
搾取しているように読者には感じられ、嫌われるのです。

搾取している名主に、村人が夜な夜な相談に行くだろうかという疑問も湧いてしまいます。

「私腹を肥やしている豊かな名主」
というイメージより、
「自らは豊かにならず、
村のために尽くしている名主」
というイメージの方が、読者の共感も得やすいし、村人達が相談するという行動の整合性もとりやすいのです。


さらに富農に設定してしまうと、長松が妹うめの霜焼けを取るという、物語進行上必要不可欠な行為にも、
リアリティーが欠けてしまいます。

なぜなら、富農であれば子供の世話を
使用人に任せることができるからです。

将来は名主になる、いわば「
ぼっちゃん」である長松が妹の霜焼けを取るという行為に、現実感が無いのです。

富農のぼっちゃんのイメージは、
「いい服を着て
何不自由なく育ち、わがままか出来が悪いかで、村のべっぴんさんに横恋慕をする」
というのが
定席(笑)なので、妹の霜焼けを取る行為に共感が得られにくいのです。

ぼっちゃんにそんな行為をさせると、
シスコンとさえ思われかねません(笑)。

また長松がわがままなぼっちゃんというイメージになってしまうと、育てた藤五郎も、
子供に甘い金持ちオヤジ」
のような印象になってしまい、出府なども「
売名行為」と読者に読まれかねないのです。

つまり作者は、長松にはぼっちゃんというイメージをつけてしまうと、物語進行に
重大な障害となると考えたのだと想像できます。

これらの理由から、藤五郎は名主という設定にはしましたが、村人と同程度の
余り豊かでないという設定したのだと考えられます。

以上のような主に6つの理由で、藤五郎は名主という設定にされたのだと、管理人は考えています。

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【この章の要約】
主人公長松の父親は、木本藤五郎。30代から40代くらいの働き盛りの名主。

村人からも家族からも慕われる人格者。人格者であることが、『ベロ出しチョンマ』を下支えしている。

名主と設定されたのは、処刑場面を際立たせるため、村人へのインパクトを強くするため、物語の進行を遅くしないためなどの理由がある。

富農の名主に設定しなかったのは、村人から搾取していると思われないため、長松がぼっちゃんと思われないため、などの理由から。

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